【シェア読書:550冊目】どうせ死ぬのになぜ生きるのか(名越康文)

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【死ぬのになぜ生きる?】精神科医・名越康文氏が、不安や悩みからいつまでたっても解放されない私たちへの処方箋は「仏教」しかないと説く。誰でも実践できる行や方便で明るく生きられる、仏教心理学のススメ。



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書籍情報
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【書籍名】どうせ死ぬのになぜ生きるのか
【著者名】名越康文
【出版社】PHP研究所
【出版日】2014/11/15
【推薦度】★★★★☆
【対象者】生き方に迷ったときに
【頁 数】251ページ
【目 次】
第一章 どうせ死ぬのになぜ生きるのか
第二章 仏教には行がある!
第三章 ”最強の心理学”としての仏教
第四章 因縁を断ち切る「行」の力
第五章 無常を知るということ
第六章 日常の中でお寺や仏具を活用する
第七章 仏教の真髄は瞑想にあり
第八章 現世で善行を積もう

 

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本書を読む理由
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・タイトルがもの凄くインパクトを受けたから

・仏教を日常に取り入れられるヒントが得られそうだったから

 

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1分間紹介文
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どうせ死ぬのになぜ生きるのでしょうか?
まずは思うままに自分の声を吐き出してください。

 

著者は、名越康文さん。
精神科医。専門は思春期精神医学、精神療法。テレビ・ラジオのコメンテーター、映画評論など多方面で活躍。

 

「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」いろいろ書き出してみたり問答をしてみましたけど、納得いく機会は、まったく得られませんでした(苦笑)自分は偽善者か?と嫌になりました(泣)

 

本書は、精神科医である著者が「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」この問いに初めて向き合った10歳から40年経った今、この問いに実践レベルで答えが出せるのは仏教しかないと確信。誰でも実践できる「行」や「方便」の習慣によって、曇りない心で真実をつかみ、毎日を明るく生きられるようになる。満を持して放つ「仏教心理学」のすすめとしてまとめた一冊。

 

「行」とは日々の行動習慣の一種、「背筋を伸ばす」「眼鏡を拭く」「朝、シャワーを浴びる」といったことでも「行」になります。
「方便」はごく簡単に言えば「困っている人に親切にする」ということであり、人間関係のつまらない行き違いをなくすためにも必要な姿勢のこと。

 

その他、瞑想のやり方やお寺の活用法、怒りを抑える方法なども分かりやすく伝授する、現代人の日常でも簡単に取り入れられる仏教の活用は、とても有用。

 

日常生活に、ちょっと仏教習慣を取り入れてみませんか?

 

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Key Phrase(15の気に入った一文)
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「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」という問いに答えられない限り、僕らは根本的なところで「生きることの意味」を見出せない。だからこそ僕らはいくらお金を儲けても、いくら恋人や家族に恵まれても、心の奥底にある「漠然とした不安」から逃れることができないのです。

 

お坊様が取り組む行の中には何日も座り続けるような非常に厳しいものもありますが、初めて取り組む皆さんは、こうした簡単な「行」から日常に取り入れてみてはいかがでしょうか。この「姿勢を整えて目を瞑り、十秒かけて息を吐ききる」というだけの行でも、やる前とやった後で世界の見え方が変わってきた、心のモヤモヤが晴れた、という変化を実感した方もおられる

 

実践した上で、後から理論を学び、理解を深めていく。それが行に取り組む時の、基本なのです。

 

行に取り組み、心を落ち着かせよう。落ち着いた、平静の心で世界を見よう。そして世界が美しいのか、美しくないのかを、自分自身で確かめてみよう。
これが仏教の、もっとも重要な教えのひとつだと僕は考えています。

 

「不安」というのは一見「現実」に根を張っているように見えて、その根っこは心の中の「未来予測」に向かって伸びているということです。自分が勝手に予測し、つくり上げた「悪い未来」に対する怒り、「どうして自分がひどい目に遭うんだ」という怒りが、不安の奥に潜んでいることが多いのです。

 

誰でも使えて、かつ一瞬にして怒りを払うことができる行を紹介しておきます。まずひとつめは「私は怒っています」と唱える行です。これはスリランカ仏教のスマナサーラ長老が紹介されていた方法ですが、笑ってしまうぐらい簡単な行でありながら、その効果は抜群です。
日常の中で「しまった!怒ってるぞ……」と気づいた瞬間、「私は怒っています」と三〜五回、ゆっくりと心の中で唱える。これだけです。

 

自意識は、「過去の自分」「今の自分」「未来の自分」をひとつにまとめる力を持っています。そのことによって人間は、過去から未来へとさまざまな思いや知識を託していくことができるようになった。しかしその自意識の力によって、僕らは不安や後悔に囚われるようになってしまった

 

茶道であれば茶器、華道であれば華や花瓶、武術であれば相手の身体や刀などの武器が「対象」です。それらに対して同調性を高めていくと、だんだんと自分と対象との間の境界線が曖昧になり、消えていきます。
そうやって自分と世界との境界線を「溶かし」ていくことによって、だんだんと凝り固まった「私は」「僕が」という自意識から自由になるということが、日本の文化では非常に重要視されているように僕は感じます。

 

「無常」を知らず、自分の持つ固定観念に囚われ続けてしまうことを仏教では無智と考える

 

日本中どこの町でも、15分も散歩すれば、何かしらのお寺に行き当たります。一説によると日本全国でその数は7万を超えるとも言われます。これは少なく見積もっても都道府県ごとに千を超えるというすさまじい数です。

 

僕ら凡人が頭の中でつくり上げた「世界観」というのは限りなく妄想に近いシロモノ

 

身近なお寺やお墓を訪ね、心の掃除・洗濯をする

 

何としてでも心をスカッと晴れやかにするぞ!という強い意志をもって、瞑想を始めてほしい

 

気分を高めるのであれば、瞑想のときに「お香を焚く」というのも有効

 

大切なのは正しい答えを返すことではなく、会話のキャッチボール、会話のパス回しを途切れなく続けるということです。そうすることによって、相手と自分の身体に同調性が生じてきます。

 

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Take Action(実践ポイント)
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【550-3】休日に、お寺回りをする

 

【550-2】スキマ時間に「姿勢を整えて目を瞑り、十秒かけて息を吐ききる」を行う

 

【550-1】怒ったと自覚した時は「私は怒っています」を5回、心の中で唱える

 

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今回のまとめ
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仏教を活かせる素養は、あなたの中にすでにある!!

 

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編集後記
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本日もここまでお読み頂きありがとうございました。

 

今日はこのまま失礼いたします。。

 

以上、本日も本との出会いに感謝し、編集後記とします。
次回もよろしくお願いします!

読書習慣の専門家
米山智裕

感謝!

 

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今回紹介した本
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どうせ死ぬのになぜ生きるのか

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名越康文さん、非常に考えさせられる一冊をありがとうございます\(^0^)/

 

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読了までの時間
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02時間04分。
カフェで問答しながら、じっくりと。

 



 

※当記事の無断転載・無断使用は固くお断りいたします。

 

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