【書評:2203冊目】「科学的に正しい」の罠(千葉聡)

【絶対に読んでおきたい一冊!】
進化学者・千葉聡氏が、『「科学的に正しい」の罠』と題して、科学者自身が科学を棄損し社会に不利益をもたらした歴史を紐解きながら、「もっともらしい科学」に騙されない方法を考察する一冊。

■書籍の紹介文

「○○は、”科学的に正しい”ことが証明されています」。
こう論じられたとき、あなたはどれだけ信じてしまいますか?

 

本書は、『科学者は「正しい」という言葉を好まない』の一文から始まる、「科学的に正しい」に隠された不都合な真実の歴史を紐解きながら、「もっともらしい科学」に騙されない方法を考察する一冊。

 

1ページ目から目線を外させてくれない良書!
高揚して読みながらじんわりと汗をかいてしまったくらい、とにかく”オモシロイ”書籍です。

 

「科学的に証明された○○」
「科学的エビデンスに裏打ちされた○○」

 

昨今、ビジネス書のタイトルや帯においても、こうした「科学的な正しさ」を全面に押し出したものが目立ちます。
それだけ、「正しいこと」を求める欲求が現代人に高まっていると見ることができます。

 

そんな風潮の世の中に、ガツンッと強烈な一石を投じる内容になっています。
「科学的に正しい」が強調される場面ほど、「これは罠かもしれない!」とアラートを上げようと論じます。

 

なぜなら、「科学というものは常に暫定的」だからだと説きます。
つまり、明日にはまた新しいデータによって”正しさ”が更新されるかもしれないのです。

 

にも関わらず、「科学的に正しい」を免罪符に相手はアナタを”今”説き伏せようとしている。
このとき、「何か裏があるのでは?」という《違和感》を必ず発動できる状態に、常にいることがとても大事なのだと著者は力説します。

 

そのうえで、《違和感》を持たず流された結果に起こった悲劇の歴史=科学の不都合な真実、を紐解いていきます。
歴史をつかって「科学的な正しさ」に迫っていく展開は、知的魅力に溢れ多くの教訓を与えてくれます。

 

そして、示された教訓を軸に、「科学の信頼性」と「正しさ」とどう向き合っていけばいいのか。
著者の立場から、「もっともらしい科学」に騙されない方法をまとめていきます。

 

「へぇ〜、科学的に正しいんだ、なら信用して大丈夫っしょ」と盲目的になるのが一番危ない!
このことを”科学的”に論じた一冊。

 

この本は本当にオススメです。
ぜひ、いや、必ず読んでみてください!

 

◆文句なしの★5つ!

「科学的に正しい」の罠
千葉聡 SBクリエイティブ 2025-10-8
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■【要約】15個の抜粋ポイント

「科学的に正しい」をめぐる意外な真相の一つは、実は科学者は「正しい」という言葉を好まない、ということかもしれない。
だから本当は、もしあなたが「この考えは科学的に正しい」とか、「こう判断するのが科学的に正しい」というフレーズを聞いたなら、「罠かもしれない」と黄色信号を点灯させたほうがよい。

 

2010年代から、一見「科学的に正しい」と感じられる、巧妙な事例が増えている。
特にSNSや動画サイトを利用して、科学的な専門用語や画像、データを駆使して科学としての客観性を巧みに装う。
またCOVID-19陰謀論、ワクチンDNA改変説など、政党や国家機関に浸透し、政治家が積極的に取り込み政策化する権力型の傾向を示す。
特定の価値観やイデオロギーと連携している点も特徴である。

 

数値指標が示すもの=客観的事実、という信念が強いほど、指標をつくった理由やそれが示すものに潜む価値判断が見えなくなる。

 

「科学的事実と価値や価値判断を混同してはならない」という原則である。
この原則を破り論理を飛躍させたのが、前章のルイセンコ思考である。
つまり価値観で科学的な事実の正誤を判断するーーーこれが科学的な正しさへの脅威を生む要因の一つと言える。

 

哲学者マシュー・バーカーは、優生学において「科学は、ヒトを改良するという価値判断を含む目標を明確に含んでおり、誰の命がより価値があるかという主観的な判断と、客観的な生物学とを混同している」と述べている。
科学的事実と価値判断の混同のために、進化や遺伝学の事実から、民族の純血やエリート層を守るべき、という飛躍した規範や価値判断が導かれてしまったのだ。

 

他者に対しイデオロギーの影響を強く指摘する人が、実は、自らを歪めているイデオロギーに無自覚である可能性を考えなければならない。

 

悪や善は遺伝する、という信念は古代の”血の神話”に遡り、優生学を経て、今も形を変えて残存している。
この社会に深く根を張る価値観を、果たして遺伝に関する科学的事実から分離して取り去れるのだろうか。

 

私たちは、科学的事実としてなされる主張に対し、事実の信頼性に加え、常にそれがどんな価値観の下でなされているかを意識しておく必要がある。

 

物理学や化学、生物学の基本法則に価値観が入る余地はない。
法則に基づく技術もそれ自体は価値中立である。
だが、使い方も考慮に入れるなら、人間社会との関係も考えねばならず、価値観の介入は避けられない。
さらにヒトに関係する医学や遺伝学、様々な利害が関わる環境科学では、科学的事実に絡まる価値観の存在を無視できなくなる。

 

生物多様性の保全のように、価値観によって問題の解決策や研究の方向性が決まるミッション駆動型科学では、人々の立場による利害対立があるのが普通である。
この場合、科学的事実とそれに絡む価値/価値判断を分離するのは困難である。
逆に両者が絡んでいることを前提とした対応が必要になる。
それにはまずどこにどんな価値観が絡むかを可視化し、価値観によるバイアスを評価しなければならない。
さらに判断を下す際には、利害関係者を含め、あらゆる人々に開かれた議論が欠かせない。

 

20世紀の科学相対主義は、”科学的な正しさ”を守るツールを与えてくれた。

 

もし米国の政権が将来さらに強権化するようなことがあれば、科学にイデオロギー的な圧力をかける方向へ進む可能性は高く、すでに資金や人事をめぐってその兆候は現れている。
スターリン時代の旧ソ連がルイセンコで引き起こした生物学の破壊とそっくりなことが起きる可能性は無視できない。

 

客観性とは、探究から価値観を排除することではなく、探究に絡む価値判断を可視化し、第三者が批判・再評価できる手続きを整えること、という意味になる。

 

自然科学では自己の価値観の表明が客観性を損ねると見なされがちだが、自らの価値観の可視化と分析は自然科学においても有意義である。
特に研究で得た成果や知見の社会的な受容や社会実装に価値観が影響する場合には、自らの価値観を隠蔽して客観性を装うことの方が、倫理的にも科学的な信頼性の点からも不適切である。
科学的な正しさへの脅威となるものの根源ーーー事実と価値/価値判断の混同を防ぐために最も必要なのは、自らに絡みつく価値観が何かを語り、明確にすることなのである。

 

科学的事実の中立性を守るなら、そしてもし事実に付属した価値があるのなら、事実とは別にあえてそれも語るべきなのだ。
価値を語らない科学は、結局どこかで価値を疑われるのである。

 

■【実践】3個の行動ポイント

【2203-1】自分の価値観を言語化しておく

【2203-2】相手が主張する「事実」に含まれる「相手の価値観」に目を向ける

【2203-3】客観性が求められる場面では、自分の価値観を表面したうえで主張する

■ひと言まとめ

※イラストは、イラストレーターの萩原まおさん作

■本日の書籍情報

【書籍名】「科学的に正しい」の罠
【著者名】千葉聡
出版社SBクリエイティブ
【出版日】2025/10/8
オススメ度★★★★★
こんな時に考える力を身につけたいときに
キーワード教養サイエンス考える
【頁 数】288ページ
【目 次】
第1章 “科学的な正しさ“の罠
第2章 なぜ事実はゆがめられるのか?
第3章 事実から正しさは生まれるのか?
第4章 なぜ正しいと思い込んでしまうのか?
第5章 “客観的”な事実はあり得るのか?
第6章 事実は一つではないのか?
第7章 どのように事実は偽装されるのか?
第8章 偽装された事実にだまされない方法
第9章 “科学的な正しさ”のための立場表明

 

▼さっそくこの本を読む

「科学的に正しい」の罠
千葉聡 SBクリエイティブ 2025-10-8
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千葉聡さん、素敵な一冊をありがとうございました!

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