【書評:1304冊目】戦争と外交の世界史(出口治明)

【条約あるところに歴史あり!】
立命館アジア太平洋大学(APU)学長・出口治明氏が、歴史上の条約を理解することが、自身の交渉術やかけ引きを磨くことにつながると提起し、戦争と外交の世界史を解説する一冊。

■この本の紹介文

日米安保条約など、歴史上に生まれた条約の数々。
あなたはその背景に目を向けたことがありますか?

 

本書は、「戦争のあるところに条約あり!条約あるところに歴史あり!」を掲げ、条約締結までの歴史やそこで生み出された智慧を、自分の知略に活かすべく解説された一冊。

 

永遠に敵であることもなければ、永遠に味方であることもない。
改めてこのことが強く印象づけられます。

 

そして、戦争なのか外交(条約)なのかは、利益勘定次第であることも。
まさに、良くも悪くも「人類は進歩がない!」ということを感じさせられます。

 

じゃあ、人類はダメな存在だと諦めてしまえばいいのか。
もちろん違います。

 

何度も何度も結んでは壊しをくり返す人類ですが、結ぼうとする手は決して緩めようとしません。
たとえ利益勘定な側面があっても、「平和でありたい」という気持ちを決して捨てない姿がそこにあるのです。

 

だからこそ、困難に直面しても「こうありたい」と気持ちを決して失くさず進み続けなさい。
著者は、歴史を見せながら、こんなメッセージを伝えたいのかなと感じます。

 

目の前の壁を高く感じても、時間軸を長くして見つめ直すと壁も低く見えることがあります。
そんな時間軸の柔軟体操に、こういう歴史書は最適です。

 

(注)冒頭は「カデシュの戦い」からはじまります。
「カデシュの戦いって?」となるようでしたら、世界史をおさらいできる本を読んでから読むことをオススメします(^^;

 

◆ただ闇雲に戦ったわけではない

■本がわかる!15の要約ポイント

人間は一万二千年ほど前に、支配することに目覚めた。
最初は植物、次いで動物、そして金属。
それから自然界のルール、朝があって夜があることや季節があることなど、それさえも自分で支配したいと思うようになります。
そこから神=GODという概念も誕生したのです。

 

シリアからパレスチナといえば、現在は不幸な国際紛争の渦中にありますが、この地帯において実は世界最初の平和条約が結ばれたのです。

 

一四五四年、ミラノに近いローディに四人の君主を招聘し、結ばれた平和条約が「ローディの和」でした。
内輪もめをして争ってばかりいると、オスマン朝やフランスなどの大国の格好の餌食になる、いまは争いは止そう。
そのような誓いでした。
これから一四九四年までの四〇年間、イタリア半島は奇跡的な平和の時代を迎えました。
その平和の時代にイタリア・ルネサンスの大輪が花ひらいたのです。

 

宋の時代に開花した文明と文化は、後世に唐宋革命といわれるほどの大きな変革をもたらしました。
現代の中国の社会や文化の原型は、ほとんど宋の時代に形成されています。
宋の繁栄は、澶淵の盟に代表されるモンゴル高原の遊牧民と結んだ平和条約が守られ続けたことが、大きな原因です。
戦争がないために交易が飛躍的に拡大して、宋は豊かになりました。

 

アウグスブルクの宗教和議(一五五五年)では、ローマ皇帝とドイツ諸侯との関係において、「信教の自由」が認められたことになります。
ただし、カルヴァン派は、プロテスタントとして認められませんでした。

 

一六〇八年、ハイデルベルクを居城とするプファルツ選帝侯フリードリヒ五世を盟主とする「ウニオン」(プロテスタント同盟)が結成されました。
この同盟は、かつて反カール五世同盟として結ばれたシュマルカルデン同盟と同じ性格のものでした。
なおウニオンに対抗するためローマ教会側も、バイエルン公を盟主として「リーガ」(ローマ教会派同盟)を結成します。
ドイツの宗教紛争は、振り出しに戻る感じとなりました。
そして三〇年戦争が始まります。

 

ヴェストファーレン条約(英語読みではウエストファリア)の中では、(略)、ドイツの諸侯に主権と外交権が認められたということは、諸侯の領邦が独立した国家となってしまった、ということです。
ハプスブルク家がほぼ世襲してきたローマ皇帝位は、一五一二年以降「ドイツ国民のための神聖ローマ帝国」という領域を支配するものとして認知されてきましたが、今やザクセン公もバイエルン公も子分ではなくなってしまったのです。
(略)
ヴェストファーレン条約が神聖ローマ帝国の死亡診断書と呼ばれる所以です。

 

当時(16世紀前半)のフランスの国力は、オスマン朝よりもずっと脆弱でした。
スレイマン一世はヨーロッパの小国に過ぎないフランスと、対等の条約を結ぶのはプライドにかかわると思ったのでしょう。
カピチュレーションと呼ばれる外交上の特権を与えたのです。
コンスタンティノープルのフランス領事に対して、現地におけるフランス人の裁判権、通商や居住の自由、そして租税の免除などの、大幅な恩恵を与えたのでした。
これが不平等条約の起源ですが、始まりは弱小国に対する恩典だったのです。

 

大国アメリカの将来をどうするか。
工業国とするか、農業国とするか。
保護貿易を採るか、自由貿易を採るか。
そのように二つに割れた国論が、妥協の余地のないまま突入した市民戦争が南北戦争でした。
(略)、「奴隷解放宣言」や、「人民の人民による人民のための政治」というリンカーンのゲティスバーグの戦場における演説などは、戦争の主たる原因を語るものではありませんでした。

 

ロシアが清に毛皮を売り込もうと考えたのは、アメリカ大陸産の毛皮がヨーロッパに流入し始めて、ロシアの経済が悪化したからでした。
ネルチンスク条約(中国が初めて外国と対等の立場で結んだ条約)の陰にはアメリカ大陸の毛皮があった、というのも世界史のおもしろさかもしれません。

 

二スタット条約はスウェーデンの死亡診断書と呼ばれますが、この条約によって海外の領土はすべて失われました。
エストニア、ラトヴィア、リトアニアのバルト三国はロシアの手に渡ります。
バルト帝国は崩壊しました。
一方で何度も窮地を脱して、ついに勝利者となったピョートル一世は、一七二一年に国名をロシアからロシア帝国に昇格させ、ピョートル大帝と呼ばれるようになります。

 

アヘン戦争と南京条約は、「産業革命」とフランス革命によって芽生え一八四八年のヨ─ロッパ革命で完成された「ネーションステート(国民国家)」という人類史上の二大イノベーションによって、その国力を急上昇させた大英帝国を先頭とする西洋が、中国とインドに代表されていた東洋の覇権を奪取した分水嶺でした。

 

ウィーン会議とは何であったか。
それは、アンシャン・レジーム(旧体制)とネーションステート(国民国家)の分水嶺となる国際議定書が作成された会議でした。
換言すれば、フランス革命とナポレオンの時代に広がったネーションステートの大きな潮流を、止めようとしても果たせず、結局、王侯貴族の人々が自分たちの衰退を早めてしまった会議でした。

 

連合王国(大英帝国)の主導で結ばれた二つの協商と、先に締結された露仏同盟の三つを結びつけて三国協商と呼んでいます。
そしてこの三国協商とドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリアの三国同盟の対抗関係が、ヨーロッパに形成されました。
新興の強国ドイツ帝国を、連合王国(大英帝国)とフランスとロシアの勢力が包囲する、緊張感がただよう体制が生まれたのでした。

 

フランクリン・ルーズベルトの大西洋憲章に始まる、IMF・世銀、国際連合の理念と組織に係わる構想は、冷戦という武器なき外交戦争を耐え凌ぎ、戦後七十数年、地球上に世界大戦を勃発させなかった最大の防壁になっています。
ルーズベルトが(略)作り上げた新たな世界秩序の枠組が、いかに堅牢なものであったかを物語っています。
ルーズベルトは二〇世紀に誕生した、偉大な政治家のひとりでした。

 

■これをやろう!3つの実践ポイント

【1304-1】日本が結んでいる条約を調べる

【1304-2】日本が締結している条約の背景にある歴史を調べる

【1304-3】行ってみたい国・憧れる国の歴史について調べる

 

■ひと言まとめ

条約とは、平和への軌跡。

 

■本日紹介した書籍情報

【書籍名】知略を養う 戦争と外交の世界史
【著者名】出口治明
出版社かんき出版
【出版日】2018/9/5
オススメ度★★☆☆☆
こんな時に教養を伸ばしたいときに
キーワード教養グローバル交渉術
【頁 数】384ページ
【目 次】
第一章 平和条約の貴重な先例
第二章 三〇年戦争とヴェストファーレン条約
第三章 あり得ないような同盟の話
第四章 The Civil War アメリカの将来を決めるために避けられなかった戦争
第五章 中国が初めて外国と結んだ条約、ネルチンスク条約
第六章 ピョートル一世の強運がロシアを北の大国に押し上げたニスタット条約
第七章 世界史を変える分水嶺となった二つの戦争と条約
第八章 第一次世界大戦のヴェルサイユ条約と第二次世界大戦の大西洋憲章

 

この本が、あなたを変える!

 

出口治明さん、素敵な一冊をありがとうございます\(^o^)/

■お知らせ

■メルマガ版も好評配信中■
ブログ版とは構成を変えてお届けしています!
ぜひ購読登録してください(^^)
登録はこちらから

■【仲間大募集中!】101年倶楽部■
書評ブロガーの読書術を教えていきます。
読書の質を高めたい方は、ぜひご参加下さい!

■応援お願いします!■

※当記事の無断転載・無断使用は固くお断りいたします。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

ページ上部へ戻る